2002年のドバイ
今でこそ、例の『島で地球の形を作る』というアホな発想からドバイが一躍有名になり、
建設ラッシュで日本の企業もたくさんドバイで活躍し、
日本人人口もアッというまに多くなってきましたが、
私が行っていた2002年は、日本人人口がとても少なく
かなり日本人コミュニティの結束が固いものでした。
それまで何カ国か住んだり訪れたりしましたが、
大抵、お金が無くて、夢だけを持って生活している若者がいたのに、
ドバイの日本人は、ほとんどが企業の駐在員とその家族。
そういう世界に触れた事がなかったので、
日本人コミュニティやら、駐在員の暮らしやら、
私にとっては、全てが初めての事でした。
住み始めてから1カ月もしないうちに、
1人と知り合うと、そのまま雪だるま方式に
知り合いが増えていくのでした。
だから、直ぐに友人も何人かでき、
毎日のように出かけたり電話してたり。
異国にいながら日本語オンリーでOkの毎日でした。
ただ、住んでいると、物価は決して安くなく、
レストランもいいお値段するので、これを毎日繰り返すと生活に支障をきたすのです。
駐在員の方々の生活は、かなり裕福でした。
それというのも、当時、中東に駐在っていうと、行く人があまりいないので、
その分、手当を厚くしたり、給料がかなり良かったり、と高条件だったそうです。
ほとんどの人たちが、5つ星ホテルの中にある、レジデンス(住宅部分)に住んでいて、
”お宅訪問”はかなり楽しかったです。
今のドバイは、だいぶ日本人も増えてきているみたいなので、
昔のように、ほとんどすべての人々を把握できる!・・・なんてことはないかもしれないですね。
